院内歴史の里 院内油田やぐらR31A
 「R」について
 このやぐらでは大正初期から平成元年頃まで掘削を行っています。掘削には綱堀りとロータリー式の2種類があります。綱堀り
 は手で彫りながら土を取っていく作業のことです。もう1つは、土を水で溶かしながら土を汲み上げるものでロータリー式と呼
 ばれました。院内油田の掘削は後者の方法であり、Rはロータリーの意味です。

 「31」について
 院内の採掘箇所がいくつもあった中の31番目の採掘ヶ所を示すものです。

 「A」について
 会社の名前で旭石油(株)の最初の「あ」をとったものです。(当時は、大日本石油(株)・ 中野興業(株)・ 旭石油(株)・ 日
 本石油(株)などが相次いで院内での試掘に取り組んでいます。)

 採取について
 深度700m位のところからガスと油を採取し、ガスは旧仁賀保町へ供給し、油は昭和石油(平沢)現TDK鳥海工場へ送られてい
 ました。 当時、 日本でも屈指の良質油田として評価が高かった院内油田の主要層は深度 1.100 m以内の浅層油田と言われていま
 す。また、1.100 m〜 1.300 m間の層内に異常高圧層があり、これを突破して掘り下げるのは当時の技術では困難でした。R31A
 の採油量は、一日400ℓ平均(20ℓ缶で20缶)、最大で一日1.000ℓ(20ℓ缶で50缶)とされています。昭和40(1965)年頃まで
 は木櫓であったが、その後鉄管に移行しています。

 平成22年2月 にかほ市
「R31A」・・・なんともカッコ良さげなやぐらの名称ですが、
なんてことはありません。
「R」はロータリー式のR、「31」は31番目の採掘所、「A」は旭石油のあ=Aということですね。

しかし、R31Aの1日の産出量が一斗缶で20缶ほど
頑張っても最大で僅か50缶だけだったとは知らなかったぜぇ・・・。
でもやぐらは無数にあったので、
当然ながら院内油田全体としての1日の産油量はもっと全然多かったですけどね。

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