探索日 2008.06.01
No.C-083

北山田線 ■睦沢町 ■全線舗装
■「北山田」地区から「北山田寺崎新田」地区とを結ぶ

 マニアな林道標が異彩を放つ農道じみた全線舗装のショート林道  

 ↓舗装以前のかつての林道の面影を僅かに偲ばせる切り通し手前地点です。手
 付かずの未舗装であったならば、ここもそれなりに趣もあったろうに…。


……こんな感じ……
■睦沢町の丘陵地帯の突端に延びる完抜舗装林道。コース的には林道標のある起点から入線すると、すぐにかつて素堀のあった切り通しを抜けて丘陵部突端の入江のような谷津の谷間に沿って下り、水田地帯に抜けている。景観的には前半は沿道に広大な荒れ地が広がり荒涼とした独特の雰囲気。後半は水田脇を行くのどかな田園的な趣が漂う。沿道には民家も見当たらず、完抜けしてはいるものの、特に重要な生活道路というわけでもないようで、交通量はほとんどない。思い出したように農作業車が通行する程度、もしくはごく限られた近在の方が利用する近道的存在といったところか。特徴的な林道標を除いて、北山田林道には特に見るべき物はない。

■千葉県北東部の睦沢町から長南町にかけての地域は人知れぬマニア林道の密集地帯ですが、その中でも異彩な林道標を持つのがこの北山田線です。なんと、起点の林道標はイラスト入りで当林道の歴史案内板を兼ねており、このタイプの林道標は千葉県エリアで唯一かもしれません。ちなみに、林道標には次のように記載されています。それにしてもこんな林道標があったとは…!

  林道:北山田線
 ・昭和二十三年から地元の願いを受け国の補助により林道の開設工事を行う。
 ・その後のトンネルに於いて、素堀であったために崩落が起き始める。
 ・平成八年より千葉県の補助を受け交通の安全確保のため改良工事を行う。
 ・現在、素堀のトンネルは開削され道路幅員も広がり安心して使用されている。
  平成14年睦沢町

なお、この地点は変形十字路になっていてやや紛らわしいですが、北山田線は左手方面になります。でもここをあえて直進して右手の坂道を登って進んでみると…。
→起点を眺める!
→あえて直進する!
■起点から進みますが、周囲には丘陵の荒れ地が広がるのみで民家もなく何もありません。ただ淡々と進むのみです。
■少し進むと僅かにアップダウンしている切り通し地点に差しかかります。ここが林道標に記されていた「素堀」の存在していた地点なのでしょう。滑らかに掘削された両脇の岩肌が印象的でした。もちろん、素堀の存在していた面影はなく、近い将来、かつてここにそれがあったことを知る者もいなくなると思われます。
■切り通しを抜けると一気に視界が開けますが、そこに広がっているのは水田ではなく、休耕田が雑草まみれで草原と化した広大な荒れ地でした。でもそれはそれで、なかなか爽快な眺めです。
→振り返る!
→荒れ地を眺める!
■さらに進むと広大な荒れ地を横切るように北山田線は大きく右カーブしていますが、この道を境に右側には水田が、左手には荒れ地地帯が広がっています。舗装路も農道じみており、これではもう林道探索ではなく「農道探索」のような感じで、独りへへへ…と苦笑します。
■北山田線は丘陵地帯の突端の谷津のような場所を抜けているので、周囲には丘陵に挟まれた入江のように奥まった水田や荒れ地が点在しています。途中にはやけに草ボーボーな砂利ダートが分岐していましたが、これは名無しというよりも本物の農道でしょう。
→分岐ダートを眺める!
■谷津の谷間に開けた水田に沿って道が延びています。まったくのどかな風景で、田圃の中にはオタマがうじゃうじゃいました。それにしてもこの舗装路、林道標が存在しているので北山田林道だと知れますが、そうでなければ訪れる機会も一生なかったと思います。ただし、こんな場所で林道標を見た、というマニアな意味では感激しますけどね。
■水田脇を走ることしばし、その後何の変哲もない横T字路に行き着きますが、ここが北山田線の終点になります。林道標が無いのでおそらくですが。ちなみにここを左折すると、数十メートル先で草むらに林道標の埋もれた大谷木2号線の終点に行き着きます。この北山田線は紹介した逆コースで大谷木2号線からアプローチするのが手っ取り早いのですが、事前情報無しにここが林道であることを知るのは至難の業であり、その場合、その先に存在する林道標を目にする前にきっと帰路に着いてしまうことでしょう。
→探索終了!
→今来た道を振り返る!
→大谷木2号線方面を眺める!