ガソリン給油量8.67L | 給油回数3回 | ガソリン代1528円 | 総走行距離 273.1 km / ダート走行距離 0.3 km | トップへもどる |
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そして目の前に広がる襟裳岬の大海原です! その先はもう波打ち際なので、ここがエンジン付き二輪で行ける襟裳岬の最先端地点。駐車場にバイクを止めて観光客にまぎれて展望台から海を眺めるだけでもいいですが、でもせっかく襟裳岬を訪れたならば、ぜひともこの場所まで愛車に跨った状態でやってきたいものだぜぇ。
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豊国丸 殉難者追悼碑 |
襟裳岬沖は親潮と黒潮がぶつかることで海霧が発生しやすく、また、岩礁による座礁も怖い海の難所と昔から恐れられてきましたが、ここには追悼碑もありました。 石碑は1929(昭和4)年に襟裳岬沖で沈没した「豊国丸」の死者・行方不明者78人を追悼するもので、その豊国丸は函館からカムチャツカ東海岸に向かっていたサケマス、カニ漁のための「漁場送り込み船」。漁場に漁夫や漁業に必要な物資を送り、漁期が終わると漁獲物と漁夫を引き上げる輸送船だったんですね。 |
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正真正銘、襟裳岬の先端地点の波打ち際の景色です。これより先に進むには舟をチャーターでもするしかないですが、でも大丈夫。襟裳岬には現役コンブ漁師による「コンブボートクルーズ(要事前予約)」というのがあって、襟裳岬沖の岩礁群を右回り(5000円)もしくは左回り(6000円)で周回することができますよ。
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おぉ、精悍な面構えがカッコいいぜぇ! 蒼天のもと紺碧に光り輝く襟裳岬の海を背にして得意げにポーズを決める我らが「蒼い彗星」号の勇姿です! うふふ、辺りに誰もいないのをよいことに、ここでも一人撮影会を開催しちゃいました。
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海をバックにあれこれとアングルを変えて襟裳岬の先端で一人撮影会に夢中になっていると、襟裳岬沖を航行する船を水平線上に発見!
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襟裳岬沖の水平線上を画像右手(南西方向)から左手(北東方向)に向かって静かに航行していく船。襟裳岬より東の十勝や根室地方に向かう定期旅客航路はないのであれは貨物船に違いなく、船影の大きさから大型船っぽいですが、大型貨物船が入港できるのは釧路港だけ。出港地は不明ですが、釧路港に向かっているっぽいな。
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襟裳岬を観光したら出発。道34からR336へと進み、その後は日高海岸伝いに苫小牧港に向かってエンジン音も軽やかにひたすら移動しますが、襟裳岬〜苫小牧港間の移動距離は先述した通りおよそ160km。その距離は東海道本線に例えると東京駅から静岡県静岡市にある由比駅までの距離とだいたい同じ。 これからその距離を下道だけで移動していくわけですが、それは道がガラ空きな北海道だから可能なこと。もしも東京から静岡市まで160kmを下道だけでバイク移動するとなると、恐ろしく時間がかかってしまい、「1万円あげるから」とお願いされても絶対に断りますが、北海道ならばそれは望むところなんだよな! |
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そして通りがかった「様似町」の市街地で見かけたアポロステーション様似SSで本日2度目の給油を実施。ハイオク160円 / で2.86L(504円)入りました。
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給油を終えて様似町の大通り2丁目交差点を通過中。様似の町は今回のツーリング2日目に泊まった町ですが、それももう19日前のこと。なんだか遥か昔の出来事のように思えて仕方なかったなぁ・・・。
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その後、さらにR336を進んで「浦河町」に入りましたが、国道沿いには長らく続いた災害不通により、結局2021(令和3)年4月1日限りで廃止となったJR北海道の日高本線の廃線跡が延々とどこまでも並走しています。 所々で現れる放置された鉄橋と赤茶色に錆びたレールが哀愁を誘って止みませんでしたが、「日高幌別川」を渡った先で石灰工場のすぐ傍を線路が通る地点を発見! そのまま通り過ぎるには忍びなくて、せっかくなので数ある鉄ヲタジャンルの中でも根強い人気がある「廃線めぐり」をしてみますよっと。 |
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ちなみに日高本線で廃止になったのは鵡川〜様似間116.5kmですが、ここはそのうちの日高幌別〜鵡苫(うとま)間。眺めているのは日小高幌別方向ですが、線路脇にぽつんと咲いていたポピーのようなオレンジ色の花が廃線のもの悲しさを誘います。ちなみに上の画像は鵡苫方向のもの。
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線路跡を日高幌別方向に少し歩いてみましたが、やがて赤茶色に錆びたレールは夏草に埋没してしまいました。林道もいったん廃道化すると雑草の藪に埋もれて自然回帰するのも早いですが、列車が走らなくなった線路も同じだなぁ・・・。 |
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続いて日高幌別から2駅先の「浦河駅」跡にやって来ました。しかし、駅舎は駅名表示も外されていて淋しい限りだぜぇ・・・。そんな浦河駅ですが、昭和中期の頃の浦河駅は1日に普通が上下合わせて15本、そして札幌から直通の「急行えりも」が上下で4本も停車する駅だったなんて、今の姿からはとても信じられません。
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閉鎖されていた駅舎の脇からホームに入ってみると、虚しく「ありがとう日高線」との幕が掲げられていました。 昭和の高度成長期の頃は夏休みともなれば、それこそ大勢のヤングが周遊券を片手に日高本線に乗ってこの浦河駅を訪れ、そして終点の様似から国鉄バスで襟裳岬へと向かっていたに違いないですが、もうそれも遠い過去の話。 |
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こちらは静内、鵡川、苫小牧方向ですが、かつては線路が敷き詰められていた広い構内は、今は線路もひっぺがされて一面夏草に覆われた空き地と化しています。長い跨線橋がかつての浦河駅の規模を物語りますが、昔は列車同士のすれ違いができてホームももう1本くらいあったみたい。
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日高幌別、様似方向です。錆びたレールが夏草に埋もれて終点の様似方向に続いていますが、もう二度と列車がやってくることのないんだよな。あぁ、合唱・・・。
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再び浦河駅の駅前広場です。今回の北海道林道探索ツーリングでは鉄路の消えた町をいくつもみてきましたが、ここも見事なまでになにもねーな。商店はおろか自販機すら撤去されていて人の姿も皆無。ただぽつんと「←北海道日高振興局」の表示板があるだけですが、でも昔はここに駅前旅館とかもあったんだって。
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浦河町でしばし浦河駅跡を眺めたら苫小牧港目指して移動再開。R235で日高海岸伝いに「新ひだか町」→「新冠町」と進み、「日高町」に入ったところで国道沿いに見かけたホクレン門別セルフSSで本日3回目の給油をします。北海道ではラストの給油となりましたが、ハイオク177円 / で2.48L(441円)入りました。
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日高町で給油を済ませたら「苫小牧市」の苫小牧港まではあと少し。日高町から順調に「むかわ町」→「厚真町」と国道を快走していきます。日高町からは国道沿いに日高自動車道が並行していますが、急ぐ必要もないのでもちろん利用しません。
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厚真町から苫小牧市に入ったら片側3車線の道259へと左折してフェリー乗り場のある苫小牧港を目指します。いよいよラストランですが、気がつくと道内各地より苫小牧港を目指すツーリングライダーが自然と集まって集団ができちゃいました。
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苫小牧港に到着! 大洗行きのフェリーターミナルがあるいわゆる「西港」ですが、苫小牧港にはもう1箇所、苫小牧市の手前の厚真町に「東港」があって、そちらからは敦賀、新潟、秋田〜苫小牧間を結ぶ「新日本海フェリー」が発着しています。 東港は苫小牧市ではなくて厚真町に位置しており、また、道すがらにはフェリー乗り場の案内板が現れるので間違える心配はほとんどないと思います。 |
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現在時刻は午後3時ジャスト。乗船待ちスペースに1番乗り・・・と思ったら、すでに先着のオフバイクが5台おられました。もちろんお互いに旅の途中で出会うことはなかったですが、みんなそれぞれ北海道の林道を満喫したんだろうなぁ! うふふ、みなさんツーリングを終えた後の充実感に包まれた様子でした。
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