2024 雪景色を求めて適当に東北旅 〜男鹿・津軽・八甲田・下北〜 2月6日(火) 林道探索の書 〜今日もどこかで林道ざんまい〜 
5日目  青森市→ むつ市「湯野川温泉 Yunogawa onsen もどる  






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おはようございます! 適当な東北の旅もついに5日目を迎えましたが、今日も今朝から良い天気。せっかくの晴天なので早朝の散歩と洒落込みますが、それにしても夜明け直後の八甲田は死ぬほど寒いっ! いや、マジで。







いざ宿の外に出てみると、なんと、冬晴れの青空の下、朝の陽射しを浴びて眩いほどに光り輝く純白の雪を纏った「前嶽(1251.7m)」が! 昨日は鉛色の雪雲に隠されて全く見えていなかったのに、今朝はご覧の通り! そして山頂直下の斜面上には無数に立ち並ぶ「樹氷」も確認できますね。







ちなみに日本で樹氷が初めて発見されたのは1914(大正3)年のこと。冬季の蔵王に初登頂した「神山峯吉」さんによって初めて発見されていますが、実は樹氷と呼ばれるものには「エビノシッポ」と「アイスモンスター」の2種類があります。

これはエビノシッポですが、エビノシッポとは本来は0℃で凍るはずの水が氷点下になっても凍らずにいる状態、すなわち「過冷却水滴」が凍って氷となったものをいい、形状が海老の尻尾に似ているのでそう呼ばれているんですね。このエビノシッポは日本だけでなく世界各地の冬山に存在しています。







そしてこちらはアイスモンスター。過冷却水滴と雪が一体化して氷の塊になったものをいい、日本の東北地方の一部の山岳地帯でのみ見られます。これがいわゆる樹氷と呼ばれる状態で、1914(大正3)年の初発見当時は「雪の坊」、「雪瘤」などと呼ばれていましたが、(大正10)年頃から樹氷と呼ばれるようになっています。









うおおーー、これは美しいっ! 眺めているのは前嶽から「赤倉岳(1548)」方向にかけてですが、八甲田山の美しい稜線と針のように林立する樹氷がバッチリ! 日本三大樹氷といえば、蔵王、森吉山、八甲田山が挙げられますが、わざわざロープウェイに乗ることなく樹氷を眺めることができたなんて!

ただし、樹氷の最盛期には天候の良い日が少ないので、そのつもりで。吹雪いていたり曇っていると樹氷はおろか、前嶽の山頂すら見えないのでね。







朝日を浴びて光り輝く稜線上の樹氷を眺めたら、今度は宿の周辺に広がる雪に埋もれた森を眺めてみます。昨日、夕方の散歩で眺めた時は、空は暗い雪雲に覆われて寒々しい限りだったのに、今朝は雰囲気が激変。明るい朝日がキラキラと森の雪原に差し込んで感動するほど美しかったですよ〜。







森の雪原の表層には夜間に降った新雪が積もっていました。よく眺めると雪の結晶の粒が確認できるほどのザラメ雪っぽかったですが、そのままシロップをかければかき氷で食べられちゃいそうなほどきれいだったなぁ。







宿周辺の森になだらかな起伏で広がる雪原。今朝は風もなくすこぶる穏やかで、あまりにもの美しさに思わず雪原を駆け回りたくなりますが、無理でした。







だって積雪量は見上げるような優に背丈を超えるこの高さです。例えスノーシューを履いていたとしても、水平状態ならまだしもこの急斜面をよじ登るのは至難の技。一歩進むごとに足がズブブと数十センチも雪に埋もれてしまい、そこからスノーシューを抜くのに多大な労力を強いられてあっという間に疲労困憊してしまいます。

遭難した第5連隊は雪中行軍に曳航していた橇を放棄していますが、こんな斜面では雪に埋もれてまともに歩くことはもちろん、橇なんか雪に埋まって役に立ちませんなぁ。見た目的には楽勝で歩けそうなんだけどさ・・・。







樹氷を眺め、早朝の散歩をしばし楽しんだら宿に戻りますが、煙突からは煙がもくもくと。宿のお婆さんが朝げでも炊いでいるのでしょうか?







宿に戻ったら朝食ですが、おかずは焼きジャケに目玉焼きに引き割り納豆かぁ! これぞまさしく日本の朝食であり、朝から食欲をそそって止まなかったですが、みちのく深沢温泉の今朝の献立は以下の通り。

焼きジャケ・ホーレン草のおひたし・目玉焼き・ベーコン・引き割り納豆
スジコ・しじみのり・ワカメの味噌汁・タクワン・白いご飯・ブルガリアヨーグルト







適度な塩辛さが白いご飯にぴったりなスジコは「SNG」にしていただきます。SNGとは「スジコ乗せご飯」のことですが、うふふ、朝からなんて贅沢な!







朝食後、朝風呂に入ってゆっくりしてから1泊2食の宿泊料金7000円を払って宿を出発しますが、夜間にも雪が降ったみたいで、一晩外で寝かせておいたレンタカーはうっすらと雪を被っていました。

宿のご主人にスノーブラシを拝借してフロントガラスの雪をガシガシ掻き落としましたが、しかし、一晩で降った雪の量としては全然少ないな。本降りで一晩雪が降った場合は、車も雪だるま状態になっているのが普通なので。







それから八甲田の林道といえば嘉瀬子内林道が思い出深いです。嘉瀬子内林道は、第5連隊がたどり着けなかった田代新湯付近から行軍ルートと並行して八甲田の山深い山中を巡り、駒込川に建設された東北電力の「嘉瀬子内発電所」付近を経由して県40「田茂木野」付近に至る延長距離およそ18kmほどの長距離ダート林道。

具体的な入口は県40からみちのく有料道路とを結ぶ半ダートの県242にあって、県40から県242(後平青森線)と進むと2.5kmほどで東北電力ネットワークの「田代変電所」が現れるので、その手前で県道から外れて未舗装路へと左折。夏の季節は最高に爽やかな田代平の牧草地を突っ切るダートを進んでいくと・・・。







やがて嘉瀬子内林道は鬱蒼とした八甲田山中へと進んでいきます。ダートは序盤こそ走り走りやすいですが、進むにつれて草深さが増してしまい、後半区間は半ば廃道化。かなりドキドキしながら走破したことが懐かしく思い出されますが、ただし、時の経つのは早いもので、嘉瀬子内林道を探索したのはもう17年前のこと。

そして現在の嘉瀬子内林道ですが、その後、田茂木野側にゲートが設置され、それにともなってダートも一部区間が廃道化して久しいそうです。あぁ、八甲田を代表する嘉瀬子内林道が未来永劫もはや完抜けできないなんて・・・。







みちのく深沢温泉を出発したら県40を銅像茶屋方向に引き返しますが、今日の目的地は下北半島。斧の形をした半島の刃の部分、旧川内村(現むつ市)の湯野川温泉泊まりですが、下北半島はこれまで林道ツーリングなどで実に15回以上も訪れている場所。隅々まで勝手知ったる場所なので、本当は地図もナビも要らねーし。







みちのく深沢温泉から銅像茶屋へと向かう道すがら、正面には前嶽がくっきりと見えていましたが、おお、純白の雪化粧をした姿がなんとも神々しいな!







そんな前嶽の勇姿をアップでどうぞ。眺めているのは前嶽の北東方向からで、冬晴れの快晴につき視界はすこぶる良好。山頂から山裾へと美しく下っていき、樹氷が点在する斜面の様子が余すことなく眺められましたが、この位置からだと八甲田ロープウェイがあるのはちょうど反対側の南西側の斜面かな。

このように前嶽は山の形がとても美しく、山頂を見失うこともなく地図無しでも登っていけるため、山好きを魅了して止まないのですが、その一方で山頂へと至る登山道が無いので積雪期にしか登れない山だったりします。

そのため山スキーが人気なのですが、2007(平成19)年2月14日午前11時8分頃に標高900m付近の北側斜面で雪崩が発生。スキーツアー客とガイド24名が雪崩に巻き込まれて10名が犠牲になったのは先に述べた通り。

当時は強風、波浪、雪崩、融雪の各注意報が発令中であり、現場付近は気温-4.7℃、風速33mの猛吹雪で視界は20m以下、山頂付近の積雪は340cmだったとのこと。そんな猛吹雪の悪天候時にツアーを行ったこと自体、冬の八甲田山をナメていますが、捜索救助に当たったのは奇しくも陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊







県40の大峠、小峠、田茂木野方向は冬季閉鎖中なので、銅像茶屋の分岐は左折してR103方向に進みますが、しかし、どこを眺めても物凄い雪だなぁ!

陸軍の雪中行軍隊が大量遭難死したことで冬季八甲田の自然の厳しさは有名ですが、しかし、積雪量の多さとか気温の低さについては、国内にはさらに上をいく場所があって、八甲田が日本一というわけでもありません。

ではなにが厳しいのかというと、冬の八甲田はとにかく風が強い場所なんですね。その威力は樹木をなぎ倒し、500kg以上の重さがある幹を100m以上も吹き飛ばすほど。第5連隊も暴風雪に巻き込まれて遭難しています。







吹雪くと怖い八甲田の森ですが、それでも風の無い快晴の時はご覧の通り。雪と樹木が織りなす美しい冬の情景が広がっています。







その後、R103に突き当たったら右折、雪まみれの「萱野茶屋」を通り過ぎて青森市街地へとなだらかに下って行きます。

明治の昔も令和の今も大きな事件や事故、災害が発生すると必ず起きることですが、雪中行軍遭難事件の発生後、すぐに事件の見世物化が始まっています。具体的にはジオラマや幻灯、演劇、生人形で悲惨な遭難現場が再現され、1921(大正10)年には最初の映画「雪中行軍」が制作されています。

その後、1971(昭和46)年には小説「八甲田山死の彷徨」が発表されて多くの人々の関心を集め、1977(昭和52)年には映画「八甲田山」が制作公開され、「天は我々を見放した」が流行語になりましたが、軍隊や明治という時代に対する批判的な視点は描かれておらず、見世物化の系譜を引いていることが指摘されていたりします。







さらにR103を青森市街地方向に前進中。八甲田方向から青森市街へと下っていく車は少なかったですが、この日は珍しくスキー日和の快晴になったためか、八甲田方向に登っていく車はかなり多かったです。

そんな感じで現在はすっかり観光地化している八甲田山ですが、八甲田山は最近の密かな怪談、オカルトブームによって心霊スポットとしても有名。ネットを検索すれば心霊系ユーチューバーの八甲田山凸動画や、第5連隊絡みの幽霊話を語る怪談師、うさんくさいオカルト研究の先生がくさるほど出てきます。

つまり、怪談話や映画など様々な形がありますが、所詮は見世物であり、八甲田山はまさに「雪中行軍遭難事件のテーマパーク」と化しているんですね。

なお、雪中行軍遭難系の怪談話についてですが、某温泉宿の女将さんいわく、本当に気持ち悪いのは、行軍する将兵の姿を見たり足音を聞いたとかの他愛のない幽霊話ではないとのこと。なんでも動画撮影のため呪物を持参して宿泊しにきた心霊系ユーチューバーがいたそうで、そういう人の方が幽霊よりもずっと気持ち悪いそうですよ。







その後、どんどん下って青森市街地を目指しますが、県40からR103に入って青森市街地南端の「雲谷平」まではおよそ8km。八甲田山というと、人里遠く離れた山の中という雰囲気ですが、青森の市街地から八甲田山って意外と近かったりします。ちなみに雲谷平から青森市の中心地、青森駅前まではだいたい12km。

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