2024 雪景色を求めて適当に東北旅 〜男鹿・津軽・八甲田・下北〜 2月5日(月) 林道探索の書 〜今日もどこかで林道ざんまい〜 
4日目  能代市→ 青森市「みちのく深沢温泉 Michinoku fukasawa onsen もどる  






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さらにメロンロードを北上して「上沢辺沼」の沼畔を進んでいきますが、ここで空模様が急変! 雲間から時おり青空がのぞいていた空が瞬く間に鉛色の雪雲の覆われてしまい、結構激しく雪が降り出しちゃいました。







雪が降りしきる中の上沢辺沼。沼は完全凍結して真っ白に積雪していましたが、沼のほとりは吹き晒しなのでマジ死ぬほど寒かった! ちなみに雪と寒さといえば、冬の津軽では「地吹雪」が有名で、観光客向けの「地吹雪体験」が開催されるほどですが、あれはあくまで安全確保された体験ツアーですからね。

実はまだ学生だった頃の冬のドライブ旅で、ちょうど地吹雪の真っ最中にこの屏風山広域農道をレンタカーで走行中、雪でスタックして立ち往生したことがあります。

地吹雪が吹き荒れる日に広域農道を通る車があるはずもなく、助けを呼ぶべく凍てつく道路を歩くしかなかったですが、凄まじい強風と痛いくらいに横殴りで吹き付ける雪で目も開けておられず、とてもじゃないけど1分と外にいられぬ状態でした。

結局、数百メートル先の路肩に停車していた工事関係のトレーラーを見つけ、運転手さんに事情を話してワイヤーロープで牽引してもらって幸運にも脱出できましたが、そのとき言われた「死ぬよ」の一言が、それからうん十年経過した今も鮮明に思い出されます。なのでここ、地吹雪の日は絶対に来ない方がいいですよ〜。







メロンロードの道すがらに点在する名もなき小さな沼。雪が降りしきる中、飽きもせず凍つく路肩から沼面を眺めますが、おお、降っているなぁ!







名もなき沼の景色を眺めたら前進再開。十三湖方に再び北上していきますが、進むにつれて路面の積雪量が少し増えてきたようです。といっても近年は暖冬続き。地吹雪スタック事件当時ほどの積雪量はなくて、路面はアイスバーンのような圧雪状態でしたが、やがて左手に「治右エ門沼」が見えてきます。







メロンロード沿いに現れた治右エ門沼は横幅80m、東西700mほどの細長い沼で、沼畔に連なる小高い丘は屏風山砂丘の砂丘列です。







治右エ門沼を過ぎると道すがらに水辺が見えることはもうなくて、後はひたすらこのようなストレートが続きます。しばらくノンストップで進んでいきますが、やがて七里長浜の海辺にある「高山稲荷神社」に向かう県228と交差するので、十三湖に向かう前にちょっと立ち寄ってみることにします。







高山稲荷神社に到着しました。神社の大鳥居をくぐった先には広い駐車場があって、お守りなどを販売している「神札授与所」や宿坊(1泊2食7000円)も併設された「参集殿」などの建物があるのですが、しかし、誰もいませんね。例大祭の時などはかなり賑わう場所ですが、今は除雪作業の人を見かけただけでした。







駐車場から石段を登った先にあるの拝殿です。高山稲荷神社の創建は定かではありませんが、鎌倉時代から室町時代にかけてこの辺りを統治していた豪族「安藤氏」の創建と伝えられており、祭神は「于迦之御魂命(うかのみたまのみこと)」「佐田彦命(さたひこのみこと)」「大宮能売命(おおみやめのみこと)」。

高山稲荷神社は津軽方面の林道ツーリング中に立ち寄ったこともがあるので懐かしかったですが、大鳥居の手前には1889(明治22)年に七里長浜沖で座礁した米国商船チェスボローの犠牲者を慰霊する「チェスボロー号遭難者慰霊碑」と「展望台」があるので、もしも神社を訪れることがあったら、忘れずに訪れておきましょう。







神社の社域はとても広く、拝殿の先には1980(昭和55)年から奉納が始まり、現在では奉納された赤い鳥居が200基以上もずらっと立ち並ぶ「千本鳥居」が有名ですが、しかし、境内は足首以上まで埋まってしまう雪だらけ。千本鳥居を眺めることなく高山稲荷神社を立ち去ることにしておきました。







高山稲荷神社を出発してメロンロードに戻り、雪道を十三湖方向にさらに北上していくと、やがて十三湖の西岸と日本海とに挟まれた「明神沼」のほとりに「浜の明神」が現れるので、ここもちよっと立ち寄ってみます。







浜の明神の場所を地図で眺めるとこんな感じ。付近に人家の全くない荒涼とした明神沼のほとりに位置しています。







メロンロードの道路脇に立っていた浜の明神を示す標識ですが、「明神」というのは神社の祭神の徳を称え、崇敬の意を表して神名の下につける尊称のこと。

中世〜近世にかけては神様が本来の名前で呼ばれることは少なく、神田明神とか熊野権現などのように、神社名の後に「明神」や「権現」をつけて呼ばれることが多いので、浜の明神はさしずめ「海辺(浜)の神様」といったところですが、ここはかつて「湊明神宮」があった場所なのだそうです。









浜の明神遺跡 (湊明神宮)
浜の明神は中世に貿易港として興隆した十三湊の水戸口に航海の守護神として鎮座していた。
文久三年(1863)には、
湊明神宮境内から百十九体の仏像や土台石が出土している。
浜の明神、正確には湊明神宮があった「浜の明神遺跡」の案内板です。建武年間(1334〜1336)に記され、「十三湊」の活況を記した書物「十三往来(とさおうらい)」には「浜之明神」と記されていますが、十三湊とは十三湖の西岸に位置し、大規模位整備された港湾施設や居城、宗教施設を伴う港として栄えた港湾都市のこと。

そのため船の航行の安全を祈願する浜の明神が創建されましたが、それが湊明神社であり、祭神は「速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)」と「速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)」。ともに水戸口(湊の出入口、河口)の神様ですが、航海の守護神ということでこの神様が祀られているんですね。

なお、十三湊は南北朝時代の1340年の大津波で一瞬にして壊滅したというのが定説でしたが、大津波で甚大な被害を被った後に一応復興されたみたいです。

ただし、津軽地方を支配していた安藤氏が南部氏との抗争に敗れて蝦夷に逃げ去ると、南部氏が十三湊を顧みることはなく、鯵ヶ沢港が整備されるに従って十三湊は衰退し、やがて砂に埋れていったんだよな〜。1991(平成3)年に始まった発掘調査で様々な遺構や遺物が発見され、本格的な中世都市だったことが分かってきています。







積雪に覆われていた浜の明神遺跡。かつて湊明神社があった場所ですが、雪まみれにつき鳥居の先には進みませんでしたが、誰もいない真冬の浜の明神・・・寒々としてなんだかちょっと怖い雰囲気だったぜぇ。







浜の明神から道路を挟んで反対側を眺めると、冬枯れした芦原の先に「明神沼」南端の沼面が見えています。







浜の明神を出発してメロンロードをさらに北上。道すがらには明神沼の水面がよく見えていますが、十三湊が繁栄していた中世の頃は、浜の明神がある明神沼の南端に、日本海へから十三湊へと船が出入りする河口(水戸口)があったそうで、十三湖と日本海とを結ぶ水路として利用されていたそうです。

そのため浜の明神は宗教施設であると同時に、十三湊に出入りする船を監視する重要な施設でもあったようですが、それも過ぎ去った遥か遠い昔の話。現在はかつての河口も埋まっているし、当時の面影は完全に消え失せていますけどね。







うわぉ、これは美しいぜぇ! 静かにひっそりと水をたたえる明神沼の沼面ごしには美しく雪化粧した「増川岳(713.8m)」が!







その後、メロンロード(屏風山広域農道)は県12に突き当たって終点となりますが、県道を左折すると五所川原市「十三」に到着します。ここはかつて十三湊で繁栄していた場所ですが、現在はこんな感じ。道沿いに民家がどこまでも連なっていますが、通りに人影はなくて鄙びた漁村の雰囲気が色濃く漂っています。







ちなみに地図で眺めると十三付近はこんな感じ。十三に到着したら「十三湖大橋」を渡ってR339へと向かい、国道に入ったら南下。「五所川原北IC」から津軽自動車道に入って津軽半島を後にします。その後は津軽道→東北道と進んで「黒石IC」まで一気にワープ。今宵の宿がある八甲田山を目指す予定です。

十三には十三湖名物「しじみラーメン」を食べさすラーメン屋もあり、十三湖大橋を渡った先の「中島遊歩道橋」入口には観光食堂などもありますが、全て通過。夏の観光シーズン中はそれなりに賑わいますが、真冬のクソ寒い雪の季節に訪れる観光客の姿はゼロ。観光食堂もシャッターが下りていたような気がします。







なお、R339を南下せず、逆に北上して「中泊町」に進むと、通称「竜泊ライン(R339 / 小泊〜龍飛間)」経由で「龍飛岬」に至りますが、竜泊ラインといえば思い出すのが増泊林道。中泊町「小泊」から津軽半島を横断して「外ヶ浜町」三厩とを結ぶおよそ18kmほどの峰越え林道です。

しかし、増泊林道はいつの間にか県道(県286 / 三厩小泊線)に昇格されてしまい、現在は厳密には「林道」ではないのですが、津軽半島の林道探索では絶対に外せないダートであり、初めて訪れたのは2006(平成18)年の夏のこと。

ちなみに中泊町側の入口はR339沿いにあって、画像は「道の駅こだまり」のそばにある入口ですが、それとは別に2キロほど小泊寄りにもう1ヶ所「中泊ダム」経由となる入口があることでも知られていたんだっけ。







また、竜泊ラインをさらに龍飛方向に進んだ先で見つけた七ツ滝林道も忘れられない思い出の林道。延長距離1.6kmほどの草深いショートなピストンであり、まっとうな林道ライダーがわざわざ訪れるような林道ではありませんが、日本海を望む眺望度がとても高い絶景林道になっていたんだよな!







そして津軽半島方面の林道探索ではしばしお世話になっていたのが、今はなき「竜泊温泉青岩荘」。竜泊ラインの道路を挟んだすぐ目の前は日本海であり、最高のロケーションで温泉が楽しめる宿だったのですが、残念ながらその後経営者が変わり、現在はよくわからない「青岩館」という味気ない素泊まり宿になっています。







まだ青岩荘であった頃の温泉です。経営者が変わったことで温泉は使用しなくなったらしく、今はもう入浴できなくなっているみたいです。目の前が海という最高のロケーションと同時に温泉がウリであったのに、素泊まり宿になった途端に温泉を閉鎖してしまうとは・・・。こうして津軽の温泉が一つ消えました。







青岩荘時代の最高に豪華であった夕食。しかもこれって特別料理ではなくて、宿泊すると普通に出されていた夕食なのですが、この豪華さはちょっと信じられませんね。青岩荘はこの素晴らしい夕食と温泉で密かに人気の宿だったのですが、それなのになんで温泉を閉鎖して素泊まり専門宿にするという愚を犯すかなぁ・・・。







さすがにこれは別料金でしたが、青岩荘では注文すればぷるんぷるんの小泊産の天然ウニが安く食べられたんだよな!







もちろん小泊産の獲れたて天然アワビも! 観光食堂ではお値段が怖くてとても注文できませんが、青岩荘では天然アワビだって安く食べられたものですよ。

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