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牛滝を出発したらR338に復帰して北上し、やがて仏ヶ浦背後の断崖上をゆく国道に設けられた「仏ヶ浦駐車帯」に到着しました。 ここからも仏ヶ浦を眺めることはできますが、実際に仏ヶ浦を訪れるには仏ヶ浦駐車帯の1.7km手前に入口がある「仏ヶ浦遊歩道」で高低差120mの階段を降りていかなければならないのですが、しかし、真冬に仏ヶ浦を訪れる観光客は皆無であり、当然ながら遊歩道は除雪されておらず雪まみれであったのを確認。 結局、階段滑落が怖いし、雪は降り始めるわ、凍死しそうなほど風が寒いわで断念。無理せずここから眺めるだけに留めておいたんだよな〜。 |
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展望台も兼ねている仏ヶ浦駐車帯からだと、仏ヶ浦は南南西方向の正面に位置していて距離は950mくらい。駐車帯の端からそちら方向を眺めてみますが、生憎と雪が結構な勢いで降り始めてしまい、おかげで視界は悪かったです。
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おお、これが真冬の仏ヶ浦かぁ! 今でこそ国定公園に指定されて佐井港から遊覧船も出るし、絶壁の縁には道が開削されて仏ヶ浦まで降りる遊歩道もつけられ、近年では仏ヶ浦を通る国道(海峡ライン)も冬季閉鎖もされなくなっていますが、昔は断崖絶壁で道もろくにない辺境の地だったのがこの辺り。 船で沖を通る人も少なくて、そしてよほどの物好きな者以外は陸路で訪れる人もなかったのがこの仏ヶ浦なんだぜぇ。 |
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降りしきる雪のためよく見えていなかったですが、あれは佐井から「仏ヶ浦海上観光」が1日2便(片道1600円、往復3000円)で定期運航(5月〜10月)する観光船が発着する仏ヶ浦の船着場だな。 江戸時代の旅行家「江真澄」菅さんは、1792(寛政4)年10月に「奥戸(大間町)」から山越えをした途中で仏ヶ浦を見ており、その紀行文の中で「仏が宇多」と記し、「仏が宇多の石は卒塔婆に似ている」と記述しています。 そんな仏ヶ浦も今では「船で行ける極楽浄土」をキャッチコピーに、人気の観光スポットになっていて、夏は下北半島林道ツーリングで立ち寄るライダーも多いですが、ここは「日本の秘境百選」とやらにも選ばれているみたいですよ。 |
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初めて下北半島を林道ツーリングで訪れて以来、実に20数年ぶりに眺めた仏ヶ浦を後して、このまま真冬の海峡ラインを佐井に向かいます。しかし、仏ヶ浦から牛滝の隣の集落佐井村「福浦」までの間は局地的に積雪量がかなり多かったな。 なお、野平〜佐井間は、途中に牛滝、福浦、長後、磯谷の集落があるため、基本的に除雪されていますが、地元の方に聞いた話では、それでも冬は吹雪で突発的に通行止めになってしまう日がたまにあるらしいので、真冬の海峡ライン(R338)は100%通行できるとは思わないでいた方が無難ですなぁ。 |
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仏ヶ浦から下北半島西海岸伝いの山中をさらに進んでいくと、やがて浦の手前で右手に「福浦川」の谷が見えてきます。谷底には1本の道(舗装路)が確認できますが、あれは全線舗装の野平林道。先ほど通った野平〜福浦間をショートカットして結んでいますが、この季節は未除雪で冬季閉鎖中。
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津軽海峡に面した小さな漁港がある福浦では強い雪風が吹き付けていたので、散策することなくそのまま通過。寒々とした冬景色の山中をさらに進んでいきますが、牛滝を出発して以来、いまだ1台の車ともすれ違っていません。 なお、現在走行中の海峡ライン牛滝〜磯谷間についてですが、なにを隠そう実はその前身は1959(昭和34)年6月に着工された「林道」だったりします。その名はずばり「佐井海岸林道」。開通したのは着工から8年後の1967(昭和42)年のことでした。 |
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かつて存在した佐井海岸林道。現在の牛滝〜磯谷間に開設された林道で、現在は海峡ラインの一部区間になっています。なんだかとっても良さげなダートですが、ちぃ、あと数十年早く生まれてその頃のダートを走りたかったものだぜぇ!
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福浦から黙々と峡ラインを進むことおよそ7km、やがて右手に佐井村「長後」の集落を見下ろす地点を通りがかりました。せっかくなので路肩に立って景色を眺めてみますが、しかし、吹き付けてくる雪風が寒いのなんの!
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降りしきる雪の中の長後集落。ささやかな家並みとその先の海、さらには集落をかすめて通り抜けていく海峡ラインの道筋が見えていましたが、いかにも真冬の下北半島西海岸らしい寒々とした光景だな〜。気温も普通に氷点下だったし・・・。
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長後を通過して隣の集落佐井村「磯谷」まで進んできましたが、下北半島の西海岸をなぞっていく海峡ライン沿いにはもちろん「林道」だって存在します。というわけでここは磯谷の集落内にある懐かしい磯谷林道の入口。画像ではどこに林道があるのかさっぱりですが、この場所を振り返ってみると・・・。
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ほれ、こんな感じで鬱蒼とした森の奥へと登っていく林道入口が! ここを入っていくとすぐにダートが開始していますが、しかし、普通に海峡ラインを走っていると、磯谷林道の存在に気がつくことなく通り過ぎてしまうと思います。
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ちなみに磯谷林道は海峡ライン〜かもしかライン(佐井村川目)間をおよそ3kmで結ぶショートカットの完抜け林道。 探索したのはもう14年も前の2011(平成23)年のこと。雨上がりのダートで大量のメジロアブに纏わりつかれてたのは鬱陶しかったですが、R338仏ヶ浦方向〜県46湯野川温泉方向の移動のさいには佐井経由に比べて6kmの短縮になります。 ただし、下北半島北西部には佐井と大間、大畑、川内にしかGSがないため、ツーリング中に貴重な給油ポイントである佐井をパスすることは自殺行為かと・・・。 |
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懐かしの磯谷林道入口を通過してさらに佐井方向に進んでいくと、やがて「願掛岩」が現れました。いつの間にか雪も止んでいたので立ち寄ってみます。
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津軽海峡に突き出た「矢越岬」にある願掛岩は、高さが100mにもおよぶ2つの巨大な岩塊からなり、男女が抱き合っているように見える(?)ことから、右の岩塊は「男願掛け」、左の岩塊は「女願掛け」と呼ばれ、昔から恋愛成就の神様が宿る岩とされて、江戸時代の旅行家菅江真澄さんも旅の途中でこの願掛岩を眺めています。
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矢越岬に突き出た願掛け岩付近から眺めた津軽海峡。海岸付近には願掛岩以外にも大小無数の奇岩が点在しているのが圧巻でしたが、願掛岩から38km離れた対岸の北海道は鉛色の冬空に隠されてほとんど見えていなかったです。
ちなみに眺めているのは願掛岩から西北西の北海道渡島半島南西部、福島町と知内町の境界に位置する「矢越岬」がある方向。そして今いる場所も「矢越岬」。奇しくも同名の矢越岬が津軽海峡を挟んで向かい合って存在しているんだよな。 |
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続いて願掛岩から左手、西南西の方角を眺めてみると、佐井村磯谷の沖合1.5kmに浮かぶ「大魚(おおよ)島」が小さく見えていました。ようく眺めると毛が生えているかのように灯台が立っているのが確認できましたが、あれは付近で座礁する船が多かったことから1960(昭和35)年に建設された「大魚島灯台」ですね。 島の周囲で「(オオヨ)」という魚がよく獲れたことからその名がついた大魚島。灯台が設置されているため船着場と灯台への階段があり、それ以外はなにもない小さな無人島ですが、江戸時代の旅行家である菅江真澄さんは、その著書の中で「磯谷と長後の間の沖合に大魚島がある」と書き残しています。 |
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その後、佐井に到着したら、市街地の中のまるで路地のような狭い交差点で県46(かもしかライン)へと右折しますが、やがて最奥の川目集落を過ぎると、下北半島最高所の峠への登坂区間が開始します。
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佐井村とむつ市(旧川内村)の境界に位置する標高522mの峠に向かって登坂中。しかし、下北半島最高所の峠に向かって登坂するにつれて再び雪が降り始めてしまい、あれよあれよと路面が白く染まっていきました。
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うぅ、凍死する・・・。標高522mの無名峠付近で立ち止まって眺めた雪煙る山々。ビュウビュウと吹き付ける雪混じりの風が猛烈に寒く、これより北の地ではニホンザルも生きていけないというのも納得ですが、そういえばこの佐井村川目〜むつ市湯野川間はつい数年前までは毎年冬期閉鎖されていた区間。 以前はそれほど雪が多かった区間なのですが、地球温暖化の気候変動によって積雪量が減り、現在は冬季閉鎖もされなくなりましたが、それでも大雪や吹雪の時は今でも通行止めになるので要注意です。 |
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そりゃあ、同じ青森県でも八甲田とかに比べれば雪は少ないですが、それでも峠付近ではこの通り。路面はガチガチに凍結し、路肩に厚い雪の壁が連なります。
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うむ、川内まで27km、脇野沢までは50kmか。しかし、かもしかラインの冬季閉鎖が実施されていた頃は佐井村から川内および脇野沢への移動には、大間町およびむつ市経由でとんでもない距離の迂回を強いられてきたので、それを思えば全然近い距離。かもしかラインも以前に比べて利便性が大幅アップしましたなぁ!
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現在時刻は午後4時。峠越えの途中で再び路肩に立ち止まって景色を眺めますが、夕方になって山の気温は凍死レベルにまで急激に低下。もしもここで車がエンコして立ち往生でしたらと想像すると怖くなってきますが、寒さもさることながら、風に吹き飛ばされた小雪がバチバチと顔面に当たって痛かったぜぇ。
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峠を越えて小刻みにカーブを繰り返しつつ坂道を下っていきますが、雪崩が発生しやすい九十九折りの下り急カーブ地点など、地形的に険しい場所にはスノーシェッドが設けられていました。積雪期の交通を確保するためのものですが、かもしかラインが冬季閉鎖されていた頃はなかったような気がします。
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峠の急坂を下りきると、その後は湯の川伝いになだらかに下っていきますが、道すがらの景色は一面の銀世界。積雪量が減って冬季閉鎖されなくなった状態でこれなので、ここ、以前は相当な量の雪が積もっていたことが窺い知れますね。
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そしてこれは10月下旬の紅葉最盛期の頃のだいたい同じ場所。どこもかしこも白一色で埋め尽くされた冬は異なり、かなり煌びやかな雰囲気が漂います。さすがに雪に埋もれる真冬にバイクは無理ですが、紅葉シーズン中なら話は別。秋の紅葉まみれとなったかもしかラインを一度訪れてみることをおすすめします。
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