大林寺
  三宅島の見所スポット 林道探索の書 〜今日もどこかで林道ざんまい〜 
 [7]大林寺 / Dairinji   もどる  

  伊ヶ谷エリア
  伊ヶ谷エリアの見所スポット
     1伊ヶ谷港
     2大船戸大橋
     3為朝の袂石
     4井上正鐵の腰掛石
     5生島新五郎の墓
     6処刑場跡
     7大林寺
     8竹内式部の墓
     9不受不施派僧の墓

「村のお寺」として住民の心のよりどころであった大林寺

伊ヶ谷集落から伊ヶ谷港への下り坂を降りきった場所にあるのが浄土宗の「大林寺」。室町時代中期の僧「林道」によって創建された寺で、すぐ前は「陣屋跡」が、境内には流人の「竹内式部の墓」や「希望の鐘」がそれぞれあります。しかし、雰囲気は特にこれといったものはない村の普通のお寺といった素朴な感じです。

三宅島にある寺は度々の火災に見舞われてきたため、細かい由緒沿革については確かではなく、特別由緒あるような寺院はないのですが、強いて言えば、これら寺院が所有している仏像などの中には優れた品が含まれているのが特徴らしいです。

三宅島に仏教の流れが起こったのは600年以上も昔の室町時代ですが、度々発生した火災や噴火災害、明治中期に仏教界を震撼させた廃仏毀釈などによって大変な時期もあったようです。かつて神着村にあった浄土宗の妙楽寺は廃仏毀釈によって廃寺されてしまい、そのまま今日まで再建されていなかったりします。






境内に立つ大林寺の由来板
大林寺について
高根山大林寺(伊ヶ谷長根村浄土宗高根山大林寺)は阿弥陀如来像を本尊とし、
西暦1415年(応永22年)に建立され、林道和尚によって開山された芝増上寺を本山とする格式高い寺です。

古くは、寺子屋であったり、村の寄り合い所として利用されました。明治時代には学校としての役割を果たしたとも言われます。
また、疫病の流行、人災・自然災害、心の迷いなど、御仏の救いを求め、心休める場所でもありました。
以来、歴史的にも意義ある大林寺は菩提寺として、
聖域として、檀家は言うに及ばず地域住民の心のよりどころとなってきました。

その時代の人々の厚い信仰心と先祖を敬う心が一体となり受け継がれ、幾多の困難をも克服し今日に至っています。
合掌

平成20年5月吉日 高根山大林寺
度重なる噴火や疫病、飢饉に見舞われた三宅島では、大林寺は住民の心のよりどころであると同時に、寺子屋や寄合所としても利用されていたようですね。

 [ 竹内式部の墓 ]へ